忍者ブログ

ポカ日記

   

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

人生の終わりについて考える

先週の金曜日からスペインに来ている。Dがもはやスペインに住んでいないので、今回はなんとこの年になってホームステイ(うちの会社はお金がないのだ)。
自炊するよりちゃんとしたご飯が食べられるし、何よりなまる一方の私のスペイン語を磨きなおすにはいいチャンスだと思う。実際、ステイ先のロサは期待通り料理が上手でおしゃべりだし。

ロサは幼稚園の先生で、寝たきりのお母さんを引き取って面倒を見ている。彼女がお母さんを引き取って4年と少し。お母さんは完全に寝たきりでもう目も見えない。
着いて2日はお母さんがおとなしく寝ていたので特に問題はなかった。でもおとといからお母さんが頻繁にうめいたりうわごとを言ったりするようになった。半分以上は何を言っているのか私には聞き取れないのだけど、もう亡くなっている兄弟や息子の名前を呼んだり、ロサのことをママと呼んだりする以外は、たいてい「アイ、アイ・・・」と苦しそうにうめいている。
でも、先月足を怪我して杖を使っている上、看病に疲れているロサは特に様子を見に行ったりはしない。お母さんはひたすらうめいている。
これが昼間だけならまだよいのだけれど、ここ2、3日はほとんど一晩中続いている。
もちろんロサは起きだして様子を見に行ったりはしない。
よその家のことなので、もちろん私は意見したりはしないし、意見しろと言われてもどうするのが一番よいのかわからないけれど、ベッドの中で彼女がうめいているのを聞いているのはけっこう辛い。

お母さんがご飯を食べなかったり、あまりにもしつこくロサを呼んだりすると、時々ロサはキレてちょっときついことを言ったりしている。市役所のデイサービスが毎朝来ているとは言え、一人で面倒を見ているロサの疲労は明らか。
人は死に方を選べないけど、こんな風におむつをして、ゼリーや離乳食を食べさせてもらい、目も見えない状態でひたすらベッドでうめく状態が何年も続くなんて人生は理不尽だなと思う。自分の親がこういう状態になったら、自分はどうするだろうと考える。今、客観的にロサとお母さんを見ていると、こんな状態で生かしてもお互いしんどいだけなんじゃないのかと思ったりしてしまうけど、これが自分の親だったらどんな状態であってもやっぱり生きていてほしいと思うものなんやろうか。

PR

出発前夜

今日の私の夕食

‐冷凍庫より‐
うなどん
スモークサーモンのカナッペ
‐冷蔵庫より‐
レタスに胡麻ドレッシングをかけたもの(祝!胡麻ドレッシング終了!)

作る気が起きない時ようにと思って、色々大事に冷凍していたのが裏目に出た。(その時はまさかDが急に帰国すると思ってなかったしなー。)
たくさん作って冷凍しておいたトマトソースはどうやってももう食べられない。

というか、明日は5時半起きなのに、こんな遅くにこんなに満腹でいいのだろうか・・・

神様のイジワル

Dが出発したのが月曜日。その日の午後には、写真屋さんから結婚式の写真ができたと連絡があった。
あと1日出発が遅ければ、写真を国に持って帰れたのに。

今日、帰宅したら入国管理局から配偶者ビザ申請の結果を通知するので2月17日までに出頭するようにとハガキが届いていた。
あと4日出発が遅ければ、配偶者ビザも外国人登録も一から手続きしなおさなくて済むのに。

神様のイジワル・・・

どいつもこいつも

今日、Dを空港まで送りに行った。

少し早めに着いたので、チェックインカウンターは空いていた。
担当になった女性はどうも新人らしく、カウンター上にある自作のノートを見ながら、一つ一つ作業を進めていく。私がイチイチ通訳するのも面倒なので、私は横で黙っていてDにチェックインをさせたけど、お姉さんは英語もあまりうまくない。
ESTAの番号を聞かれたので、よし!難関クリア!と思ったのもつかの間・・・

Dは1月の頭に入国管理局で配偶者ビザの申請をしたのだけれど、発給される前に日本を出ないといけなくなったので、せっかく書類を集めて出したのにその申請はいったん取り下げて、日本に戻ってきたときにまた一から申請をしなおさないといけない。航空会社のお姉さんにはその状況がよくわからないらしく、ビザは関係ないのに、なんやかんやごちゃごちゃ言われ、何回も同じことを言わされた挙句、結局“チーフ”が呼ばれた。
呼ばれたチーフもどうしてよいかわからず、でもパスポートにあるスタンプは彼女たちにDをあっさり出国させないだけの威力を持っていて、結局、入国管理局に電話がかけられた。

そして、普段私たちが出国のスタンプを押してもらう審査場の手前にある事務所に寄って、配偶者ビザ申請の取り下げの書類にサインしないといけないと言われた。こないだ入国管理局に電話で聞いたときにそう言われたから、さっきからずっとお姉さんたちにそう言ってたのに。
そして、電話で話している“チーフ”にDは日本語ができるのかと聞かれたので、できないと答えると、何やらさらなる話し合いが。

通話終了後、「今、ちょっとカウンターが混んでいますので、10分ほどしたらこちらに来ていただけますか?うちの職員が入国審査場まで同行しますので。」と言われた。
私たちはその後もう少しおみやげを買うつもりだったし、事務所に寄って書類にサインするのはわかったから、場所さえ教えてもらえば自分で行けると思う、と言ったら、「入国管理局の人が説明をするようなので。」と“チーフ”。
「英語できますけど。」と言ったら、
「どうも入国管理局の人は英語で説明できないみたいなんですよね。」
と言われた。

英語もできないような人間、入国管理局で働かせていいのか??

この後、買いたいものがあるので、10分後に入国審査に連れて行かれるのは困ると言ったら、1時間後でいいと言われた。

“チーフ”が去り、チェックイン作業が再開された。

チケットが無事に出てきて、説明が始まった。
「お預けになったお荷物は、最終目的地のボゴタまで行きます。」とお姉さん。
でも搭乗券はNYまでしかない。
「これってNYでまたチェックインしないといけないんですか?」と聞いたらそうですと言う。
「じゃあ荷物はどうなるんですか?最終目的地まで行くんですよね?」と言うと、
「はい、行きます。お預けになった荷物はいったんNYで引き取っていただいて、セキュリティーチェックを受けた後、再度チェックインしてください。」とお姉さん。
NYで一度受け取るんなら、最終目的地まで行くんちゃうやん!!
「え、じゃあ最終目的地までは荷物行かないんじゃないですか?」と言ったら、
「いえ、行きます。」
らちがあかない。
姉さんの考えているのが、最終目的地まで荷物が行く=最終目的地に荷物が届く、だとしたら、“最終目的地まで荷物が行かない”場合(スペインに行ってる限りはないけど)の荷物はどこに消えるんやろう???

すったもんだの末、お姉さんは、「アメリカではトランスファーの場合も荷物をいったん受け取って、再度チェックインをしなおさなければならない。」という説明を最後に行ったのだけれど、これを英語で説明できず、結局私が訳すことになってしまった。(この程度の英語もできなくて航空会社で仕事ができるっておかしくない???)

やっと解放され(早めに着いててよかった)、買い物を済ませてまたカウンターに戻った。Dは航空会社職員に付き添われ、“クルー・職員専用”と書かれているドアから手荷物検査場に入っていった。この後どうなるんやろう?とかなり心配だったけど、もう私にできることはない。

関空から帰ろうとバスに乗りかけたとき、電話がかかってきた。
階段に足をかけたところだったので、いったん降りた。前置きが長いので、「今、空港からバスで出ようとしてるんですけど、カウンターに戻ったほうがいいんでしょうか?出国できなかったんでしょうか?」と聞くと、市役所に申請した外国人登録もいったん取り下げないといけないので、手元にある控えを入国管理局に送るようにというだけだった。なんとかバスには乗れた。

夕方、ソウルに着いたDからメイルが来た。「入国管理局の人に登録カードの書類を返送するよう言われた。書類に記入させられ、サインさせられた。ポカが書類を返送しないといけないみたいやけど、正直言って、何のことかよくわからなかった。」とあった。
きっと、へぼい英語でまともに通訳してもらなかったに違いない(怒!)

役立たずどもめー!
ソウルとNYを経由してほとんど30時間かかる旅の前にしょうもないことで消耗させんといてよねー。

カレンダー

03 2026/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

フリーエリア

最新CM

[11/01 オカン]
[11/01 オカン]
[06/30 たっちー]
[05/02 bellmama]
[05/02 たっちー]

最新記事

最新TB

プロフィール

HN:
ポカ
HP:
性別:
女性

バーコード

ブログ内検索

Copyright ©  -- ポカ日記 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]