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ポカ日記

   

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ウエソ

少し前の話になるのだけれど、去年の11月ぐらいにFさんからウエソ・デ・ハモンをもらった。

ウエソ・デ・ハモンというのは、生ハムを足一本で所有している人(日本やったらレストランぐらいやろうけど、スペインだとけっこうクリスマスに張り込んで買ったり、お歳暮に送ったりする)が生ハムを切り取って食べていった結果残る骨のこと。これで取るダシがチョーおいしい。

以前、「日本に住むようになって恋しいスペイン料理のひとつはコシド。でもウエソが手に入らないから・・・」と言ったのを覚えていてくれたFさんが知り合いのレストランからゲットしてくれた。(ありがとう
大喜びしたものの、果たしてこの骨をどうやって解体するか・・・

近所の肉屋さんに持って行こうかとか色々考えて、結局実家から借りてきたのこぎりを使ってDが解体した。骨の周りについていた生ハムを使って何回もスープを堪能し、骨は大切に冷凍。

そして、先日。
スペインから“密輸”したチョリソを使ってついにコシドを作った。

投入したもの:
ウエソ
チョリソ
ガルバンソー
鶏肉
キャベツ
じゃがいも
牛スジ

圧力鍋がないので、煮込むのに5時間ぐらいかかった。

食べて泣きそうになった。
おいしすぎて・・・
こないだまでスペインにいた私はともかく、Dなんて私がスペインにいなくなってから全く食べてなかったから、感激もひとしおだったらしい。

冷凍している骨&チョリソであと3回、いやがんばったら4回コシドができる。
寒いうちに堪能しなければ!(考えただけでよだれが出る・・・)
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水もれ

東京出張2日目。
前日は時差ボケのせいで寝たのが4時半、起きたのが6時半だったので、今日はゆっくり寝られる!と思っていたのに、8時に電話がかかってきた。
(誰や!日曜日の朝8時に電話してくるのは!!)と思いながらケータイを取ると、Dだった。

「水が上から降ってきてる・・・」
寝起きだし、Dの説明が悪いのでなかなか状況がわからなかったのだけれど、何度も聞きなおして、天井から水がボタボタ降ってきていることが判明。
「上の階の人はどうしてるんよ?」と聞くと、3階と4階も水漏れしていて6階は何もないので5階だと思うとのこと。そして、「5階の人はインターホンを鳴らしても出てこない。3階の人が今ここにいるから話して。」と言うので、電話をかわった。バックでは水の中を歩いているようなザバーザバーという音が聞こえていて、Dが電話で言ったように洪水みたいな状況になってることが推察された。
「すいません、夫から聞いただけではちょっと状況がわからないんですが・・・」と切り出したものの、電話口の相手が話し始めたら、3階の女性は中国人で、かなり流暢な日本語なんだけどやっぱりイマイチ状況がはっきりしない。
その人としゃべっている途中で彼女のケータイに管理会社から電話があり、管理会社から人が来て水を止めることが判明したので、いったん電話を切った。

仕事に向かう途中、管理会社の“ヤマダ”から電話があった。相変わらずダメっぷり全開で、「今、状況説明のためお宅にうかがったんですが、ガイジンの方しかいらっしゃらなくて、日本語がおできにならないようなので」と言ってきた。
(妻に向かって「ガイジン」って・・・「外国人」っていうべきやろうが。)と思ったけど、相手が“ヤマダ”なのであきらめた。水はもう止まっていること、クロスの貼り替えが多分必要になるから翌日以降クロスの点検が入るということを連絡するためだった。

仕事中にDに電話をして、9時ごろ管理会社の人が来て栓を閉め、12時には上から降ってくる水も止まったことがわかった。我が家は廊下が濡れたものの、水漏れが廊下とトイレの上だけで、リビングや寝室の方には被害がなかったらしい。
仕事中にまた電話がかかってきていたけど出られなかったので、後で電話をしたら、「5階の人が謝りに来たから話してもらおうと思って。」と言った。何かお詫びを持ってきたらしい。
水漏れの原因が気になったから話したかってんけど・・・

翌日、新幹線に乗っていたら大家さんから電話がかかってきた。
「中の状況を見にお宅にうかがおうと思ったのですが、ご不在のようなので・・お留守でも入らせていただいてよろしいでしょうか?」と言うので、「夫がいますが・・・」と言うと、また戻るとのことだった。

その後、「人が来た」とDがすぐ電話してきたのでしばらく話をしたけれど、新幹線の中なので電話が何度も途中で切れ、結局話がちゃんとできないまま、次に電話をしたときには大家さんは帰った後だった。

大阪に戻ってからまた大家さんに電話をしたら、「5階の人が夜遅くに帰ってきて、お風呂を出しっぱなしにして寝てしまったんです。」と言った。
でも、お風呂の水があふれてるのに気づかないほど寝てしまうっていうのが理解できない。泥酔??

結局私が帰宅したのは水漏れから36時間以上経ってから。
Dの話では、電球がついてるところから雨みたいに水が降ってきて、Dが気づいて布を置いたりしなかったら、リビングにまで水が流れ込んでいたところらしいけど、パッと見たところ、家には全く水漏れの痕跡は残っていなかった。大家さんの話では、やっぱり4階の人の被害がすごいらしい。
入居するときちょっとの差で4階に入れなくて仕方なく2階にしたけど、よかった2階で。

とりあえずクロスの状態は1週間後ぐらい、壁が乾いてから見てどうするか決めるとのことで、5階の人が保険に入っていたので保険屋さんとかも来るみたい。また電話通訳しないとあかんのかしら・・・めんどくさい・・・

desgracias (人生は不公平)

天気も引き続き悪いし、今日は家で仕事をしていよう・・・と思っていたら、ロサ(ホストマザー)が頼みごとがあると言ってきた。
彼女の友だちクリスティーナの知り合いで、日本語の手紙を訳してほしい人がいるらしい。

ロサが聞いてきたところでは、訳すのは、その人のところにホームステイしていた日本人の男の子のお母さんからの手紙らしい。その子が11-Mの被害者で、爆風で耳が聞こえなくなったとか、テロのショックで電車に乗れなくなったとかいう話を聞き、別に手紙を訳すぐらい簡単なので、「いいよ。」と言った。(なんでその男の子が手紙を書いてこないんやろう。)と思いながら。

午後、クリスティーナとその人に会いに行くことになった。会いに行く時間を決めてくれたロサが電話を切った後、「なんかその男の子は亡くなったみたい。まあ詳しい話は会って聞いたらいいわ。」と言った。

近所のカフェに手紙を持ってきたルイサさんはとても優しそうな人だった。「Tの写真も持ってきたの。」と見せてくれた写真には、彼女の息子さん2人に挟まれて、日本人の男の子が笑顔で写っていた。

最初ホームステイでルイサさんの家に来たTくんは、おばさんとすっかり仲良くなって、日本に帰ってからも休みが取れたら家に遊びに来ていたらしい。でも7回目に遊びに来た帰り、マドリッドに向かう電車がテロに遭った。
「朝早く一緒に駅まで行って、改札口で別れたの。家に帰ってしばらくしたらテロが起きたってニュースが始まって・・・
もしかしてTが乗っていた電車かもと思ったけど、彼は携帯電話を持っていなかったから連絡の取りようがなくて、息子をやって居所を捜させたけど、どこにいるかわからなくて。結局Tはうちにタクシーで帰ってきたの。爆風で片耳が聞こえなくなってたけど、それよりショックだったのは、その時に見てしまった色々な光景で・・・車両から外に出た若い男の子の上に切れた架線が落ちて来るのを見たって言ってたわ。Tは現場から離れるためにバスに乗ったんだけど、重傷者を運ぶために下ろされたので、タクシーを拾って私の家の住所を見せて家に戻ってきたの。それからTは電車に乗れなくなってしまった。」

日本に帰ってからも電車に乗る恐怖が克服できなかったTくんは、お医者さんに勧められてテロから2年後またスペインにやってきた。
ルイサさんがつきそって一緒に電車に乗ったけど、1駅乗っただけで耐えられなくなって、結局2人は電車を降りてタクシーで帰宅した。

「その後、Tはメキシコに仕事が見つかって、向こうで働き始めたの。時々メイルで近況を知らせてくれたわ。私には息子が2人いるんだけど、Tは年齢的にちょうどその2人の間で、私たちの間には友情ができていたの。その頃やたらと疲れたって言ってたけど、『しばらく日本の家族に会ってないからクリスマス休暇に帰る』って言ってたから、日本でゆっくりできるだろうと思ってた。でも日本に帰ってすぐ肉腫が見つかって・・・入院してそのまま亡くなってしまったの。」

Tくんが27歳で亡くなったのが2月だったので、亡くなって2年目の今年もルイサさんはTくんのお母さんに手紙を書いた。ルイサさんが訳してほしかったのはその手紙への返事だった。「Tが亡くなったことを連絡してきた手紙への返事を、その時に知っていた日本人に頼んで日本語で書いてもらったから、日本語で書いてきたんだと思う。」とルイサさんが言うその手紙は、息子を亡くしたお母さんが書く“普通の”手紙だった。息子を思い出してくれてることへの感謝、息子によくしてくれたことへの感謝、これからも時々思い出してほしい、今は父親の介護があるので無理だけどいつか会いに行きたい・・・etc
会ったこともない人の手紙だけど、こういう手紙を読むとこっちまで悲しくなってしまう。訳しながら泣かないようにするのが大変だった。ルイサさんは泣いていた。
私が読んでスペイン語に訳すのをルイサさんはノートに書き留めた。今度はルイサさんがスペイン語で書いた返事を日本語に訳すので、会う日を決めて別れた。

家に帰ったらロサが「人の役に立てたからすがすがしい気分やろ?」と言った。もう知り合いに日本人はいず、誰に頼んだらよいかわからなくて困っていたルイサさんの役に立てるのはうれしいけど、テロに遭った上にガンで亡くなってしまったTくんの不幸を思うと、すがすがしい気分になんてならなかった。11-Mのリアルな話を聞いたのも初めてやったし。
人生が公平ではないのはわかっているつもりだけど、こんな風に1人の人間に不幸が重なった話を聞くと、やっぱりやりきれない気持ちになってしまう。

ピロポ 続編

近所の薬局に行った。
一緒にいた学生(21歳)がリップクリームを買いたいと言ったので。

薬局のおじさん(というかおじいさん)に言って出してもらったリップクリームは、多分すごく唇が荒れている人のための“超”薬用か何かと思われ、6ユーロちょっとした。
「高い」
と言ったら、別のクリームを出してきたけど、そっちは5.5ユーロ。(ほとんど安くなっていない。)

何しにスペインに来ているのか、とか、私はどうしてスペイン語がペラペラなのか、とかいつも聞かれる内容の話をしながらなので、用件がなかなか進まない。
しゃべってる間に、まだ何も買っていないのに、
「これ持っていけ」
と飴を大量にくれた。

そしてようやくおじさんは別のクリームを出してきた。
3ユーロだった。(最初からこっち出してよ。)

お金を払って立ち去ろうとすると、
「これ持っていけ」
と今度はハンドクリームをくれた。

店を出てから、彼女が納得のいかない顔で言った。
「このハンドクリーム、1個2.5ユーロするんですけど・・・ 私が買ったリップは3ユーロやったから、2人にハンドクリームプレゼントしてたら、おじさん2ユーロの損じゃないですか?」

私の返事。
「スペインってそんなとこやねん。若くてかわいくてよかったね。」

ピロポ

スペインでは道を歩いていてすれ違うときにおっさんが
「美人だね!」
とか
「ナイスバディ!」
とか言ってくる。
それだけ。
こっちはいつも
(だからなんなんだ!)と思いながら、聞こえなかったふりをして歩き続ける。

工事現場の横を通るときもよく何か言われるけど、スーツの人に言われたことはない。どっちかというと、言ってくるのはおっさん~おじいさんで、若者もあまり言ってこない。こないだは工事現場で働いているルーマニア人(推定)に何か言われたので(そんな習慣学習しなくていい!)と腹が立った。
単なるほめ言葉だけだったらまだよいのだけれど、たまにエロいことを言ってくるフトドキな輩もいるので、そのときはこっちは何も悪いことしてないのに、いやな気分にさせられる。

到着日と翌日タクシーに乗ったら、運ちゃんが2人ともナンパしてきた。「日本人は美人が多いよね。」とか言ってくるからそろそろ来るかなーと思っていたら、「今度飲みに行かない?」と来た。
結婚してるから、と言って断ったけど、内心(結婚してなくてもあんたとなんか飲みに行くか!)と思っていた。公園で友だちと待ち合わせしていておじいさんにナンパされた友だちもいる。こんな普通のおっちゃんやおじいさんに誘われてついて行く人なんてたぶんいないのに、それでも言ってくる神経がわからない。

(なんなのこの習慣?)とずっと思っている。

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