天気も引き続き悪いし、今日は家で仕事をしていよう・・・と思っていたら、ロサ(ホストマザー)が頼みごとがあると言ってきた。
彼女の友だちクリスティーナの知り合いで、日本語の手紙を訳してほしい人がいるらしい。
ロサが聞いてきたところでは、訳すのは、その人のところにホームステイしていた日本人の男の子のお母さんからの手紙らしい。その子が11-Mの被害者で、爆風で耳が聞こえなくなったとか、テロのショックで電車に乗れなくなったとかいう話を聞き、別に手紙を訳すぐらい簡単なので、「いいよ。」と言った。(なんでその男の子が手紙を書いてこないんやろう。)と思いながら。
午後、クリスティーナとその人に会いに行くことになった。会いに行く時間を決めてくれたロサが電話を切った後、「なんかその男の子は亡くなったみたい。まあ詳しい話は会って聞いたらいいわ。」と言った。
近所のカフェに手紙を持ってきたルイサさんはとても優しそうな人だった。「Tの写真も持ってきたの。」と見せてくれた写真には、彼女の息子さん2人に挟まれて、日本人の男の子が笑顔で写っていた。
最初ホームステイでルイサさんの家に来たTくんは、おばさんとすっかり仲良くなって、日本に帰ってからも休みが取れたら家に遊びに来ていたらしい。でも7回目に遊びに来た帰り、マドリッドに向かう電車がテロに遭った。
「朝早く一緒に駅まで行って、改札口で別れたの。家に帰ってしばらくしたらテロが起きたってニュースが始まって・・・
もしかしてTが乗っていた電車かもと思ったけど、彼は携帯電話を持っていなかったから連絡の取りようがなくて、息子をやって居所を捜させたけど、どこにいるかわからなくて。結局Tはうちにタクシーで帰ってきたの。爆風で片耳が聞こえなくなってたけど、それよりショックだったのは、その時に見てしまった色々な光景で・・・車両から外に出た若い男の子の上に切れた架線が落ちて来るのを見たって言ってたわ。Tは現場から離れるためにバスに乗ったんだけど、重傷者を運ぶために下ろされたので、タクシーを拾って私の家の住所を見せて家に戻ってきたの。それからTは電車に乗れなくなってしまった。」
日本に帰ってからも電車に乗る恐怖が克服できなかったTくんは、お医者さんに勧められてテロから2年後またスペインにやってきた。
ルイサさんがつきそって一緒に電車に乗ったけど、1駅乗っただけで耐えられなくなって、結局2人は電車を降りてタクシーで帰宅した。
「その後、Tはメキシコに仕事が見つかって、向こうで働き始めたの。時々メイルで近況を知らせてくれたわ。私には息子が2人いるんだけど、Tは年齢的にちょうどその2人の間で、私たちの間には友情ができていたの。その頃やたらと疲れたって言ってたけど、『しばらく日本の家族に会ってないからクリスマス休暇に帰る』って言ってたから、日本でゆっくりできるだろうと思ってた。でも日本に帰ってすぐ肉腫が見つかって・・・入院してそのまま亡くなってしまったの。」
Tくんが27歳で亡くなったのが2月だったので、亡くなって2年目の今年もルイサさんはTくんのお母さんに手紙を書いた。ルイサさんが訳してほしかったのはその手紙への返事だった。「Tが亡くなったことを連絡してきた手紙への返事を、その時に知っていた日本人に頼んで日本語で書いてもらったから、日本語で書いてきたんだと思う。」とルイサさんが言うその手紙は、息子を亡くしたお母さんが書く“普通の”手紙だった。息子を思い出してくれてることへの感謝、息子によくしてくれたことへの感謝、これからも時々思い出してほしい、今は父親の介護があるので無理だけどいつか会いに行きたい・・・etc
会ったこともない人の手紙だけど、こういう手紙を読むとこっちまで悲しくなってしまう。訳しながら泣かないようにするのが大変だった。ルイサさんは泣いていた。
私が読んでスペイン語に訳すのをルイサさんはノートに書き留めた。今度はルイサさんがスペイン語で書いた返事を日本語に訳すので、会う日を決めて別れた。
家に帰ったらロサが「人の役に立てたからすがすがしい気分やろ?」と言った。もう知り合いに日本人はいず、誰に頼んだらよいかわからなくて困っていたルイサさんの役に立てるのはうれしいけど、テロに遭った上にガンで亡くなってしまったTくんの不幸を思うと、すがすがしい気分になんてならなかった。11-Mのリアルな話を聞いたのも初めてやったし。
人生が公平ではないのはわかっているつもりだけど、こんな風に1人の人間に不幸が重なった話を聞くと、やっぱりやりきれない気持ちになってしまう。