お産自体はものすごく痛かったけど、出産後の元妊婦はいたって元気で、しばらく休んでから部屋を移った後、看護婦さんの持ってきてくれた遅めの昼食を8割方平らげ、夕食も普通に完食。夕食が6時なので夜中にお腹がすいて困ったぐらい。ただし“出口”付近がすごく痛いので、寝るときに痛くない姿勢を探すのが大変だったけど。
出産後、会う看護婦さんすべてに「すごいねー。8センチまで我慢してんねー。」と言われた。別にガマンしようと思って8センチまで開いたのではなく、単にどれぐらい痛いのが病院に行くポイントかわからないで8センチも開いてしまった私としてはフクザツな心境だった。翌日の検診でも問題はなく、シャワーも浴びてよいことになったので、早速シャワーを浴びた。
出産後の予定表を見たら、翌日から沐浴の練習が始まることになっていた。10時すぎに電話がかかってきて「3F(ナースステーションがある)まで来てください。」と言われたので、3Fへ。
昨日息子を取り上げてくれた助産師さんが深刻な顔をして立っていて、
「息子さん熱があるのよ。」
と言った。そして先生も出てきた。
昨日はミルクを飲んでいたのだけれど、この日の早朝のミルクを飲まず、熱を測ったら39度近くあって、呼吸も速くなっているので、NICUのある別の病院で診てもらわないといけない、と言われた。
一瞬意味がわからなかった。
それまでは、元気に産まれて万々歳!と思っていたので。
「今から救急車を呼ぶので誰かに付き添ってもらわないといけないんですけど、どうしましょう?ダンナさんは日本語できないから無理ですもんね・・・」と助産師さん。「そうですね・・・私の母親も奈良に住んでるので・・・」と言ったら、先生が「お母さんの体調はどうですか?」と聞いてきた。助産師さんは「昨日出産したばっかりでしんどいでしょう。」と私には行かせたくない風だったけど、他に頼める人はいない。でも私には一つ問題が。
「あの・・体調的には付き添えると思うんですけど、私、外に出る服がなくて。昨日、洗濯するのに持って帰ってまだ新しいの持ってきてもらってないんで・・・」と答えたら、先生が「救急車で行ってタクシーで戻ってくるからパジャマでいいですよ。」と言った。その瞬間、(私、こんな時になんで服の心配なんてしてるんやろう・・・)とちょっと恥ずかしくなった。
そして出産した次の日に生まれて初めて救急車に乗ることになった。
出かける準備をするため病室に戻り、D、母親、そして搬送先の病院で看護婦さんをやっているBちゃんに連絡をした。「熱があるんなら腰椎穿刺されるかもよ。」と言われ、「でもやられるん私ちゃうから。」と答えたら(ひどい母親ですね。)、「そのうち自分やったらよかったのに、って思うようになるで~。」とBちゃん。
ラッキーなことに翌日はBちゃんが日勤の日だった。そして推測される今後の流れを大体教えてくれたので、少し気が落ち着いた。
しばらくして救急車が到着し、「救急車、けっこう揺れるから気をつけてね。」と心配そうな助産師さんに見送られながら、生後1日の息子を抱っこして後ろに乗った。車内で症状や名前などを聞かれ、生年月日を聞かれたときに自分のを言いかけて救急隊員に「あの、息子さんのを」と言われ、(私母親になったんやった・・・)と思った。
抱っこしたのは出産直後と出産した日の夕方の2回だけ、しかも前日出産したばかりで“出口”付近が色々痛くてまっすぐ座れない状態で車が揺れるたびに足をふんばる私。「あの、お母さん、昨日出産されたんですよね??」と救急隊員に確認されたけど、母は強くなるしかないのです。熱を出した息子が目をつぶってぐったりしているのを抱いているときには。
病院に着いたら息子はまっすぐNICUへ。先生に「一通り検査をするので、廊下で待っていてください。」と言われた。